二人のワタナベエイジTwo Eijis / Morning Monsters

「W Eiji」は「二人のワタナベエイジ」の意味である。美術家の渡辺英司は1961年に愛知県で生まれ、名古屋と阿久比町のスタジオで制作を続けてきた。神経科学者の渡辺英治は1962年に大阪市の下町で生まれ、1992年に愛知県発達障害研究所の研究員として愛知に移り、1995–98年に岡崎の基礎生物学研究所で助手を務め、1998年から同研究所で神経生理学研究室の准教授を務めている。同じ名前、同じ読み、生まれ年は1年違い。二人は長いあいだ、同じ県で互いを知らずに暮らしていた。

出会いの伏線は10年ほど前にさかのぼる。英司がアルファベットで「eijiwatanabe」と画像検索すると、自分の作品の画像の合間に、見知らぬ人の顔写真と錯視の画像が混じって出てきた。同姓同名の研究者だった。英司は錯視のビジュアルを作品に取り込めないかと考え始める。その後、キュレーターの吉田ゆりが、岡崎のオカザえもんのイベントで同姓同名の研究者に会ったと英司に伝えた。2016年には英司の教え子の三上俊希が、基礎生物学研究所の美術展示に参加する。その展示をプロデュースしていたのは英治だった。

2024年秋、岡崎市図書館交流プラザ「りぶら」の「オカザえもんの芸術祭」にデッサンの講師として招かれた英司は、来場していた小松英彦(神経科学研究者)に「あなたの研究所に渡辺英治さんはいますか」と尋ねた。検索から10年後のことだった。「同僚です」と答えた小松の仲介で、英司はすぐに研究所を訪ねることになる。

2024年12月、二人は研究所の1階で初めて向かい合い、「ワタナベエイジです」と挨拶を交わした。その日は2時間余りを喋り尽くした。英司が自分の作品集を渡すと、英治は「まるで僕の研究論文みたいだ」と言った。同席した小松は、二人の脳の神経回路が激しく活動を始め、「二つの脳回路が共振を始めた」と書いている。

夜の街角で握手する渡辺英司と渡辺英治
握手する二人のワタナベエイジ(大府市中央町、夜) 2025.11.22写真提供:アートオブリスト実行委員会

翌2025年春、英司はキュレーターの山本さつきとともに岡崎の研究室を訪ねた。展覧会のタイトル「Morning Monsters」は、英司の個展「Morning Star(明けの明星)」(ケンジタキギャラリー、2024年)と、英治が Lana Sinapayen(Sony CSL)と共同制作した錯視作品「Morning Monster」(2020年)を融合させたものだ。設営中、二人は一度も顔を合わせず、それぞれの会場で準備を進めた。互いの展示の全体を知ったのはオープニングの日だった。展覧会は2025年11月1日から12月7日まで大倉公園で開かれ、アートオブリストの10年で最も多くの来場者を迎えた。

アートオブリスト(大府芸術目録|Art+Obu+List)は、美術館のない大府市が2016年に始めたアートプロジェクトである。設立時、実行委員長の英司はそれを「館/やかた無し美術館」と呼んだ。2025年は設立から10年。展覧会後には物理学研究者の渡部匡己による解析(counter lecture vol.02「Analyze W Eiji」、2026年3月。W Eiji 論)も加わり、二人の活動は続いている。英司はカタログに寄せた文章で、この出会いを飛騨の民話「味噌買い橋」になぞらえた。夢のお告げに従って橋の上に立ち続けた男が、他人の夢の話から、宝は自分の足元にあったと知る話である。

答えは、足元にあった、「そこがミソ」だったのだ。

渡辺英司 「味噌買い橋/そこがミソ」 カタログ p.80